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  【がんばれ】江古田計画を勝手に応援【学生】

241: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/14(火) 21:53
江古田計画の第一世代は、ポップアート的なものは念頭にあったんじゃないかと思われます。
江古田計画立ち上げの最初の企画が「江古田計画の認知度を高める」っていうところにあり、それを巡って「ロゴ」や「イメージカラー」などのシンボルにこだわったところも、その片鱗かと。
そのへんは、江古田計画をプロデュースしているのであろう、コンサル会社の【アドバイス】も入っているのかもしれませんが。

江古田計画は、アートというのを結果的に「キーワード」のひとつに据えて、「運動として何かをする」という方向にシフトしたんだと思いますが(これまでの関係者の断片的な発言から)、
「何かをしたい」でも「何をしていいのかが上滑り」そこに「江古田で日芸も絡んでたからアートをしよう」という方向に行ったのだとしたら、【順番が逆だろ】という気もします。

したいことがあって、それをするための手段として「アート」というモノが出てくるなら、まあわからないでもないです。
「何かをしたいが、何をしていいかわからないから取り合えずアート」という、そういう意味での安易さが感じられる部分はあります。

浅草サンバの例えにかぶせるなら、「サンバをしたい!(guretu-anさん言うところの狂気/情熱)」というしたいことがはっきりしているならわかります。
でも、何をしたいのかがわりと不鮮明(未だによくわからない)な状態で、組織作りやNPO法人格云々、外部へのPRという「肩書き論」に走り、なおかつ組織作りに励んでいるわりには運営が今ひとつよく見えてこない……
そういう感じですかねぇ。

PS.それとguretu-anさんにお願いがあります。
  もう少し改行(行間を空ける)を入れてください(^^;)

242: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/14(火) 22:06
>>238
江古田がアートのイメージで捉えられているかどうかは、僕もたぶん「大学からの連想」でそう思う人も少なからずいるだろう、とは思います。

でも、それじゃ「アートで江古田を盛りあげるって、何をするわけ?」という疑問にぶつかりません?
江古田とアートっていう結びつきで何かをアピールするとしたら、江古田計画はどれを狙っているんでしょう?

A)江古田はアーティストが多い街
B)江古田(の商店街)はアートに理解がある街
C)江古田(の路上)はアートがたくさんある(供給がある)街
D)江古田(の住民)はアートの需要がある街

「江古田と言えばアート」と一言で言っても、これだけの供給需要の組み合わせや、アピールの差異があるわけです。
アートマーケットという形を取っていますが、江古田以外から連れてきたアーティストの参加が少なからずあるなら、(A)は違いますよね。
商店街との連携で(B)を培おうとしているのだとしたら、それは一応理解できます。
(C)は、シャッターペイントくらいだと思うんですが、あれは【江古田計画の手柄ではありません】。日芸の卒業制作じゃなかったですか?
(D)については「別にそんなことないし」としか……(^^;)

アートマーケットというのは、結局はフリマの域を出ていませんし、ライブイベントを併設したところで、「学外でやっている学祭」「商店街主催じゃない納涼祭」との差別化がどれほどできているんでしょう?
「路上美術館」とか言われたらもう少し「あー」とか思うかもしれませんが、そういう「アート」なわけでもないわけですよね。

以前、「往来/来訪者参加型のアート(アンディー・ウォーホルの作品群のような)を、江古田という街を舞台に、江古田計画がマネジメントするという形」を提案したことがあったと思うんですけど(かなり過去ログ参照(^^;))、
「江古田はアートに理解がある街(場の提供役としての商店会の協力が必要)」
「江古田はアートに興味を持つ住人、持たない住人、住人以外を許容する街である(参加者を募り、拒まない体制が必要)」
「江古田計画は緻密なマネジメントの必要な多人数参加型アートをプロデュースできる(江古田計画の運営力が試される)」
という「アートと江古田」という名目を、はっきりさせられるのでは? という意図からそういう提案をしてみました。

お忘れ&初見の方のご意見もお待ちしています。

243: 名前:トウリスガリ投稿日:2003/10/14(火) 22:23
いや、だからさ、江古田計画さんってぜんぜんアートしてないよね。
AZUKIさんから見ればさ、「ロゴ」や「イメージカラー」を作ったりするだけで
もう「アート」しちゃうことなんだろうか?
まあ、だから江古田計画さんがアート団体に見えるのだろうけどね。
違うんじゃないかと。
あと、サンバカーニバルって「ハレ」だけじゃないかな?
浅草の「ケ」はサンバカーニバルで何が得られたのか?
ちょっと前に随分「ハレ」とか「ケ」とか盛り上がったわりには浅草の一種成功例
が出てきたら、浅草万歳なのも違うんじゃないかと。
結局、ここでいう「成功」は、集客や、知名度がある、その程度のレベルなのかと。
もしそんなレベルなら、『安易』なイメージ付けの方が良いじゃない。
分かり易くてさ。客も来るよ。
何がしたくてアートなのか?
うーん、町おこしなんじゃないのか?「学生による町おこし」。
そうやってHPのTOPにもデカデカかいてあるじゃない。さっき見たけどね。
アートで炸裂!って言ってもさ、江古田計画がアート集団じゃないなら無理な注文
だよね。自分はオーガナイザー団体なんだと。
私は江古田計画をオーガナイザー団体としてみれば、
なんとなくやりたい事分かるよ。いや、わかる気がする。
アートで炸裂はアーティストさんやって下さいと。僕らはその舞台を作るから、と。
そんなもんなんじゃないの?

244: 名前:アトマいきました投稿日:2003/10/14(火) 22:26
みなさん、もう一度「現」代表の挨拶を読んでみてはどうでしょうか?
みなさん、少しずれていますよ。

http://ekodakeikaku.com/101.html [source] [check]

245: 名前:アトマいきました投稿日:2003/10/14(火) 22:31
あと、ココも読み直してみては?

http://ekodakeikaku.com/103.html [source] [check]

246: 名前:""""g""""E""""""""X""""K""""""投稿日:2003/10/14(火) 22:37
ごめんなさい。打つタイミングで前の人と発言が噛み合わなくなってしまってます。

247: 名前:""""g""""E""""""""X""""K""""""投稿日:2003/10/14(火) 22:39
246は僕です。名前が化けちゃいました

248: 名前:トウリスガリ投稿日:2003/10/14(火) 22:40
何度もごめんなさい。名前化けっぱなしです。
トウリスガリ

249: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/14(火) 22:59
元々「アート」を言い出したのは、僕じゃないんですってば(^^;)
「その程度でアート」?というのは、僕の方こそ「えー?」と思ってることで。

とりあえず、僕の意見としてはもう出尽くしていることなのでまとめておきますが、
「江古田計画は、最初と最近では違う」
「江古田計画は、まちづくりを掲げているが、曖昧すぎて何をしたいのかわからない」
「江古田計画は、NPOになって何をするつもりなのか、さらによくわからない」
ということです。

さて、それでは「現代表」の意見を参考に。
http://ekodakeikaku.com/101.html [source] [check]
について。

・江古田の活性化が目的
・活性化=江古田の住民/学生が江古田を楽しめる
       江古田外の訪問者が江古田に遊びに来る

これは、江古田の住民/学生/訪問者が、江古田に興味を持っていないという前提から入っていますね?
訪問者についてはともかく、住民/学生はそうなんですか?>江古田の皆の衆に確認したいんですが(^^;)
この問題提起は、「今まで江古田以外の校舎で教養をやってきて、3年生になってから初めて江古田にきた、武蔵大学以外の二大学の学生さん」には当てはまるのかもしれませんね。
「江古田ってよくわからない」という前提が。

それ以外の(つまりは、【元々江古田にいた】人に、当てはまる前提なのかどうか?
言い方は悪いんですけど、「後からきたんだけど、この街のおもしろさがわからないよ」という学生さんに、「この街はおもしろくないから俺たちがおもしろくするぜ」と言われたら、元々この街を楽しんでる我々って……(^^;)

三大学の学生さん(上京してきた人たち)が、江古田に興味を持っていなくて、江古田の楽しみ方がわからない、だから「三大学の学生が楽しみを見つけられるように」という企画なら、大いにやるべきでしょう。
でも「自分たちはつまらない」を、「住民もそうに違いない」に広げないで欲しいなぁ、という気持ちはありますねぇ。

250: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/14(火) 23:10
>>243
少し整理すると、「彼らはもっとアート炸裂をすべきだ」と言っているのはguretu-anさん。
「場を提供する集団に徹するなら、運営方針を明確にすべきだ」と言っているのは、AZUKI他の方々。
指摘している内容は、重複している場合もあるし、それぞれ違うことを指摘している場合もあるので、一概に「同じ事を言っている」わけではありません。あしからず。

>>245
http://ekodakeikaku.com/103.html [source] [check]
について。

これも、「江古田は詰まらない」「江古田のおもしろさはない/わからない」を前提にしていますよね。
そもそも、「江古田のおもしろさを伝えよう」ということならば、江古田計画の人々自身が、もっと「江古田のおもしろさ」「江古田の楽しみ方」のオピニオンリーダーたるべきなのでは?
「こういうおもしろさ、こういう楽しみ方があるよ」というのを示して、後続者を募るという形式ならまだわかるんですが、「おもしろさを見つけていきましょう」といいながら、「何をおもしろがればいいか」については、具体的に示されない。
そして「おもしろくない江古田をおもしろく」……高杉晋作じゃないんですから、下の句まではっきりさせていただきたいな、と(^^;)

で、「江古田の特色=美術/芸術に対する理解」「江古田の芸術性」が挙がっていますが、実は僕はこの点に関しても疑問があります。

すごく根源的な話になるんですけど、「江古田という街は、本当に芸術に対して理解があるのか?」という。
「江古田という街」というのは、「江古田の商会は音大/日芸の学生がやることに理解がある」という意味なのか?
それとも、「江古田の住民は、みんな芸術好きだ」ということなのか?
では、「江古田は芸術に対する需要や供給が、常にある」という実績があるのか? とか。

「江古田と言えば、芸術系の大学がふたつある街」というのはまごうことなき事実なんですが、それは「江古田という地域が芸術性が高い」ということと、そのままイコールで結んで考えちゃっていいものなの? と。

他の街と比べて楽器屋が多いとか、額縁屋や画材屋がいっぱいあるとか?
江古田在住だと、他の街の人より美術館に行く機会が多いとか?
それってホントかな?

ということを、とりあえず疑っているのですが(^^;)
天の邪鬼ですいませんが、「江古田=芸術的」というのは、もしかしたら幻想かもしれないじゃないですか?
その幻想を前提に加え、その上「江古田は面白くないから面白くしよう」というのは、「江古田がおもしろいと思ってすでに住んでいる、芸術に興味がない住民」はどーなるの?と思ってみたりするわけですが(^^;)

企画者/主催者/芸術家が、観客/顧客を置き去りにしてコンセプトだけで駆け抜けていく(挙げ句に失敗する)というのをどうしても連想してしまうんですよ。
考えすぎですかねぇ。

251: 名前:江古田計画かみむら投稿日:2003/10/15(水) 00:42
今更なのですが・・・
私は「江古田計画がNPOとしての申請をしようとしている」というニュアンスを以前に伝えました。
これは私の独り走り、というか上記の方向性にもっていくのも有りだな、という”江古田計画内”の一人の意見を発信したまでです。
NPO情報の発信によって、皆様に「江古田計画の次の方向性はこれか」という誤った認識を植え付けてしまったことをお詫び致します。
江古田計画内での話し合いが不十分であるという発言が過去に見られますが、話し合いは定期的に行われております。
とにかく「またもや紛らわしい発言をしやがって!」という意見がちらほらと出そうですが、申し訳ないです・・・
NPO申請については現在のところ全く白紙であります。
情報公開と、独り走りの発言とを履き違えていた阿呆でした
どうぞ気にせず議論を続けてください。

252: 名前:guretu−an投稿日:2003/10/15(水) 01:16
あらら、盛り上がっちょる。
 >>235 壊れちょる

253: 名前:guretu−an投稿日:2003/10/15(水) 01:25
そこにある便利なもん、まったり使やええじゃない。
=トウリスガリ
オーウ、どこが便利なんかキッチリ説明してくりや。
=住民
使い方が生ぬるいんじゃい。髪振り乱して使えや。
牛の糞にも段々があるんで。
=愚民

みたいな。

254: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/15(水) 09:40
>>251
ご無沙汰しています。
毎度のことながら、うるさいオヤジどもですみませんm(__)m

では、以後はNPO法人化のことは考慮外とします。

なお、このスレで「江古田計画側からのご意見」をその都度伺えるのがベストではあるんですが(商会と違って組織や代表窓口がない、ただの【住民】が、それぞれいろいろな立場から自由にものを言える場所というのは、あるようでないですから)、もし難しいなら、
・定期的に見ていることだけでもお知らせいただく。
・江古田計画のサイトにあるBBSのほうで、このスレの議論の続きを続けさせていただく。
・後ほど、まとまったご感想をいただく。
などの形でご参加願えればとは思います。

「住民」と一口に言っても、強制力や束縛/拘束力を持った指向性の強い集団ではありません。
見ての通り、アトマ行きましたさん、トウリスガリさん、guretu-anさん、catさん、こばやしさん、うしさん、AZUKIなどなど、意見が必ずしも全員一致しているわけではありません。
江古田計画にとって心地よい意見にだけなびくのではなく、かといって耳に痛い文句にばかり目くじらを立てるのでもなく、そこのところうまく汲んでいただきたいと思います。

「江古田計画」という企画について、それぞれがそれぞれの視点で興味を持っているからこその、しつこいまでの議論があるのです。
こうした企画では、失敗よりも無視のほうが大きな痛手であり、その点「興味を持たれる」ということについては、小さな成功でもあると思います。
その住民の興味が失望の方向に固定されないよう、なんらかの「リアクション」を示していただければと期待します。

255: 名前:guretu-an投稿日:2003/10/15(水) 17:25
先ほどひょんな事から江古田計画の上村君と知り合いまして
残念ながら時間がなくて突っ込んだ話を聞けなかったのですが、
江古田計画は三週間に一回ほどの会合を持っているそうです。

尚、彼は武蔵大学の写真部で、明日から18日(土)までの三日間
飯田橋の西口から外堀どおりに渡り、左折一つ目の信号手前、
家の光ビルの先のスペースパウゼというギャラリーで
五人展を催すそうです。

ひとしきり恐縮しよんしゃったですよ。

256: 名前:こばやし投稿日:2003/10/15(水) 20:29
>>255
わ〜!おもしろ〜!「新たなる展開」って感じで。

257: 名前:guretu-an投稿日:2003/10/16(木) 18:25
>256
私が上村青年の両襟首を締め上げつつ、ここぞとばかりに
小一時間地獄の詰問をする!!

事にはならんでしょう、多分。
客だから♪

拝金の魂もお客の前では、祭りの事なども霞の如く消え入りにけり〜

258: 名前:guretu−an投稿日:2003/10/20(月) 18:07
ちょっと聞いた話では、江古田計画のメンバーには音大生がいないらしい。
学外活動は学校側であまりイイ顔しないのか、規則があるんだかは
知らないが、ともかく学生は楽器の練習に精だせい、という事らしい。

なんだかな〜。
音大の詳しい情報が欲しいものだ。
閉鎖的な体質なのかな。そういや昔、ちょいとしたポスターの掲示を
まるっきり取り付くシマなく断られたのを思い出しましたよー。

259: 名前:かみむら投稿日:2003/10/20(月) 22:57
>guretu-an さま
お世話になりました。
写真展に関係者が来るのかと思いまして、どきどきしてました。。。
計画の活動以外の個人活動を宣伝していただいた→複雑な気分です
また、近日買いたいものがありますのでお店に伺うと思います(私信これまで。
両襟首を締め上げられていたら、多分警察に・・・(笑

今は卒論学祭なんたらかんたらで忙しいので、落ち着いて時間が空いたら
ここでの過去のご指摘などをふまえてHP更新を再開するつもりです。

260: 名前:guretu−an投稿日:2003/10/21(火) 01:35
>>259
heyheyhey

トウリスガリ氏の言う事を少し考えていたのだが、これぞ江古田という
何物かを見つけようとすると、これは限りなく難しい。
確かに三大学くらいの共通認識しか一般的にはないだろう。
これが「練馬」という範囲に拡大すればそれなりのものが出てくるのだろう
が、江古田という狭い範囲の独自の地域性を見出そうとすると極めて
困難な話である。

しかしだからといってその共有認識である三大学ではいアートでござい
というのは少し違うのではないか。というか私はテーマ自体を持つなと
むしろそう主張してきた次第ではあるのだが、その「とりあえず」主義は
嫌いなのである。
私自身といえば限りなく「とりあえずビールね」「とりあえず寝とくか」
などとほぼとりあえず「生きている」程度の人間であるのだが、まあ
とりあえずこういう掲示板だからとりあえず能書きを書いておく。

・・・とりあえず送信しとくか。

261: 名前:名無し投稿日:2003/10/21(火) 18:32
>「江古田の縁日をもうひとつ増やしました」という以上でも以下でもない気がするんですよ
意味不明。それのどこが不満なんだか・・・。
「祭を減らしてくれ」という解釈でいいのだろうか?

262: 名前:武蔵大生投稿日:2003/10/21(火) 18:50
>(ましてや、今の第三期の代表は武蔵大の学生さんであって、三大学の中では学校の方向性・素養としてはアートとは無関係です。
  また、人文系で市民運動にも理解のある武蔵大系の学生さんが、アートにこだわる根拠もよくわかりません
何言い切ってんの?武蔵にも美術専攻があります。実技はないけど素養じゃあります。
勝手な憶測で言い切られんの迷惑です。
そのような憶測で発言がなされているなら、過去の発言への信憑性も疑わしいね。

263: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/21(火) 21:14
>>262
信憑性は、誰が言ったものについても「確実で絶対に間違いない」というものはないと思いますよ。
ましてや、ネットですものね。

さて、「武蔵大学に美術専攻がある」ということと、「江古田計画がアートにこだわる」という二つの要素を結びつけるためには、「江古田計画の武蔵大出身スタッフは、武蔵大学では美術専攻を取っている」ということであれば納得がいきます。
もしそうであれば、発言を修正しますが、そのあたりの「信憑性」はいかがでしょうか?
江古田計画のサイトにはそういった情報は載っていなかったように思いますし、それに関連したお話を伺ったこともないのですが。

>>261
「祭りならなんでもいい」とは思わない、という解釈でお願いします。
ただし、それは僕についてのみでお願いします。他の方の趣旨は僕が断言できることではありません。
「縁日が増えれば増えただけ地域振興になる」というのも、もちろん考え方の一つだと思います。
でもそれなら、不定期開催ではなく、ゆうゆうロード・ナイトバザールくらいに定期開催していけるようになるといいですね。

でも、「バザー付き縁日」と「アートマーケット」の違い、それが江古田から発信される意義については、やはりまだ今ひとつよくわかりません。

>>261 >>262の武蔵大生さんが、それについて何か意見やビジョンをお持ちで在れば、ぜひぜひご説明いただきたいと思います。

誤解のないように繰り返しておきますと、このスレで延々繰り返されているのは、「アートマーケットなんか無駄だからやめろ」ではありません。
「で、結局アートマーケットってなんなの? なんのためにやってるの? どういうつもりなの?」という質問が主かと思います。
それに対して、十分に「なるほど」と思える情報が出てこないので、「なぜ? こういうこと? それともこういうこと?」という質問に対する仮定の無限連鎖が続いている状態に過ぎないと思いますよ。

「努力の過程」を我々は知りません。
ですから「結果」や「様子」で判断するしかないわけです。
もちろん、我々はただの「住民」に過ぎませんから、それを評価する義務も権利もありません。
が、同じ「江古田にいる」「江古田を利用している」というだけで、「評価をする資格」はあると思いますよ。

それを、どう受け取るかは、当事者の向上心の問題です。

264: 名前:江古田代表 小林投稿日:2003/10/22(水) 01:10
お世話になっております。江古田計画代表の小林です。
私の友人の発言がアラシ的なものであり、不快なもので大変申し訳ありません。
友人を弁護するわけではありませんが、友人なりに江古田や江古田計画の事を
考えてくれたものだと思いますので、ご容赦下さい。以後、気をつけさせます。
大変申し訳ありませんでした。ここの掲示板のご意見は江古田計画にとって大変
貴重なものでありますので、これからも変わらずご意見の程宜しくお願い致します。
さて、現在の江古田計画について幾つか、発言したいと思います。
まず、最近のトピックである、
>「江古田計画の武蔵大出身スタッフは、武蔵大学では美術専攻を取っている」
ということであれば納得がいきます。
の件ですが、代表の私を初め多くスタッフが美術コースを専攻しております。
また、芸術系のサークルに所属していたりと、各人美術に携わっております。
加えて、1,2期の日芸生の代表の時にアートの方向を標榜したわけではなく、
本当に各大学の学生の意見をまとめたうえで決定されました。
以上が代表としての意見です。
以下は個人として発言させていただきます
>「縁日が増えれば増えただけ地域振興になる」というのも、もちろん考え方の一つだと思います。
というご意見と
>「バザー付き縁日」と「アートマーケット」の違い、それが江古田から発信される意義については、やはりまだ今ひとつよくわかりません。
というご意見に矛盾を感じています。
祭的なイベントが増えれば地域振興につながると僕も思います。
増えれば増えただけいいとは思いませんが。
では、「江古田の祭り」がなぜ「アート」なんだ言われれば、それは主催が江古田計画
だからと言うしかないですね。というのは、江古田計画から見た江古田はやはり「アート」
が際立って見えるからです。その根拠は過去の話題の重複になりますが、日芸や音大
があることや、芸術に携わっておられる方が多いことがあります。
江古田の比較対照に「下北」や「渋谷」などの街を置きますと、「江古田」=アート
というイメージは薄れるかと思いますが、比較対照に例えば「永田町」を置くとしたら
どうでしょうか?このような背景により「江古田」=アートと決定されました。
つまり、江古田を大きな範疇で考えた場合で出されたものであり、決して
都内や日本でNO1のアート街という意味ではありません。
また僕らが「江古田」と捉えている範囲は西武線江古田駅周辺を中心に椎名町
から桜台辺りを指しています。それは、昔、「ときわ荘」が椎名町にあったこと
などから起因しています。
もう一つ、江古田計画はブランド作りを第一にしている、というのがありましたが
それには少々語弊があります。
つまり江古田計画の目標は、上記に挙げたエリアのブランド化です。
上記のエリアを「アート」を中心に据えた企画で発信していきたいと考えています。
長々失礼致しました。
PS:これだけ盛んな掲示板のなぜ代表出てこない?という方がいらっしゃるかと思いますが
僕自身、パソコンが苦手であるというのがあります。すいません。

265: 名前:cat投稿日:2003/10/22(水) 02:49

>江古田計画代表:小林さん

はじめまして。このスレとは無関係な話題で恐縮ですが、1点、うかがいたいことがあります。

> の件ですが、代表の私を初め多くスタッフが美術コースを専攻しております。

おそらく「比較文化学科」のことと思いますが、同学科は専攻わけされていませんよね。(というか、武蔵大学において、専攻が設置されているのは欧米文化学科だけですので、236さんの「美術専攻」という表現・認識は誤りといわざるを得ません。)

で、同学科のページを見ると、「文学」「思想/文化」「民俗/生活」「美術/芸術」という4つの科目群があげられています。わたしは、これをカリキュラム上の(目安としての)科目分類と思っていたのですが、そうではないということなのでしょうか。

つまり...
01 4つの科目群は、専攻に準ずるような、学生の所属を(厳密にではないにせよ)振り分けるものである。
02 内部では「××コース」という名称が通用し、またコース独自の履修指導などがなされている。
...という認識でよろしいでしょうか。

わたしのサイトでは、各大学の概要を紹介するコンテンツもあるのですが、学科構成などもできるだけ正確にしておきたいものですので、おたずねする次第です。

266: 名前:cat投稿日:2003/10/22(水) 02:52


> 専攻が設置されているのは欧米文化学科だけですので、262さんの「美


> 専攻が設置されているのは欧米文化学科だけですので、236さんの「美

267: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/22(水) 03:03
>>264
ご意見ありがとうございます。
なるほど、武蔵大からの学生さんも美術専攻であるということであれば、それは納得しました。
改めて、過去の発言(認識)について訂正させていただきます。

>>「縁日が増えれば増えただけ地域振興になる」というのも、もちろん考え方の一つだと思います。
>というご意見と
>>「バザー付き縁日」と「アートマーケット」の違い、それが江古田から発信される意義については、やはりまだ今ひとつよくわかりません。
>というご意見に矛盾を感じています。

まず、「縁日が増えればそれだけで地域振興になる」という考え方は、「地域振興」という定義だけで言うなら、「そういう方法もあるだろう」ということで理解できます。
縁日(=屋台が出て、歩行者が路地を往復するバザール、と考えます)というのは、言うなれば「揮発性の高い市場(この場合の「揮発性」とは、guretsu-anさんが好きそうな気がする「爆発しやすさ」ではなく、「消えてなくなる儚さ」と読み替えていただけると助かります)」のようなものです。
日常的にお店をやっている土地の方々のそれに比べれば、地縁の点で薄い「露天商」と客のコミュニケーションを発生させる場でもありますね。

ここで僕が「よくわからない」と思っているものの正体を、改めて自分なりに考えてみたいと思います(うまく説明できていなかった点も多いと思うので)。

今確認しましたように、「縁日」というのは、あくまで「場」である、と。
その「場」を開くための口実が「祭り」であるわけですよね。
浅間さんであったり、ゆうゆうロードであったり、納涼祭であったりするような。
で、これらの「口実となる祭り」に、「アート」を当てはめたのが江古田計画の趣旨であろう、というのも理解できている、つもりです。

で、「アート」を「場」を開くための口実に選んだ根拠は、「江古田三大学に属する江古田計画から見て、江古田=アートというイメージがあったから」ということですよね?

268: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/22(水) 03:03
で、このスレで僕が再三繰り返しているのは、「アート」のイメージは江古田と本当に合致しているのか? ということがまずひとつ。
また、「江古田」で「アート」の街を発信していった場合に、それは

1)江古田がアートである(江古田そのものがアートを発信している)
2)江古田でアートをする(江古田はアトリエである)
3)江古田をアートする(江古田はキャンバスである)※campusではなくcanvasのほう。
4)江古田にアートを持ち込む/呼び込む(江古田は画廊である)

のいずれを考えているのかな? と。
「江古田」と「アート」というのを単純に結びつけたとしても、これだけの違った「見せ方」や「切り口」の選択肢があるわけですよね。
で、どれを選ぶかによっては、「江古田は置き去り」(江古田である必然がない)ことになりませんか?

「江古田にアート関係者がいる」というのは、その人が動いてしまったら江古田である必然はなくなりますよね。
アートと地域性の関連性というのが、やはり現状では今ひとつ薄いような気がしてなりません。
(企画と地縁の薄さ、それと発信者と受信者があまり明確でない点も疑問としてあります)

椎名町「ときわ荘」の話が出ましたが、小林氏は東長崎の「アトリエ村」などはご存じでしょうか?
「江古田地域のブランド化」「アートの関係者がいっぱいいるから」というところから連想されたのはアトリエ村だったんですが。
※ちなみに、アトリエ村そのものはすでに風化して久しい印象がありますが(^^;)

ブランド造り、またはブランド化でもそうなんですが、そういった「ブランド」というものにはいくつかのスタイルがあります。
A「中身は何でも同じだが、ブランド性があればそれが付加価値になり、差別化(価値)ができる」
B「中身の違い、差別化、品質の信頼性を識別するための呼称がブランドになる」
大別するとこのどちらかになると思います。
そして、Aのブランドというのは割と空虚です。
本来、「ブランド」というのはBのような形で育つものなのでは?

その意味で言うなら「江古田をブランド化しよう」というのはすでに手段と目的が入れ替わっているように思えるわけです。
以前にも別の方の発言で「とにかく楽しみたい」が先にあって「何をするか」が従属的なもの、であるような印象を受けました。
むしろ「何をするか」が明確になり、それをしていくことで「○○○をしているのが江古田計画」「○○○と言えば江古田」というようにブランドに「成っていく」のならわかります。
それがなくて、「ブランドを作って、それに基づいて何かする」というのは順番が逆だ、と。

僕が感じる違和感はそのあたりにあります。

269: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/22(水) 03:14
そして、僕が「よくわからない」と思う特に大きな点は、
江古田計画の目指す「江古田のブランド化」は、

1)江古田以外(の人、地域)に対してアピールされるもの
2)江古田在住の人、地域に対してアピールされるもの

のどちらを目指しているんでしょうか?
もし、「アートの江古田」をブランドイメージとして定着普及させたいのだとしたら、(つまり、江古田はすでにアートに関係が深い、そのことを江古田以外に知らしめたい、とか)、江古田計画が目指すのは(1)の方向ですよね。
しかし、アートマーケットという「アートをタネにした縁日」「アートをタネにしたフリマ」風のものは、「縁日」という例えからも(そしてその形態からも)わかるように、「地縁」に重点が置かれたものではないかな、と。つまり、「江古田在住の人、地域に対してアピールするもの(2)」ですよね?

でもそうだとすると、江古田在住の人はアートと関係が深いという前提だとするならすでに「アートの江古田」を自覚している人(地域住民)に対して、アートの江古田を想起させるイベントを行っても、「アートの江古田」を江古田以外に普及することにはなりませんよね。
逆に、「地域住民はアートと関係が深い」という自覚が十分でないから、アートマーケットを行うことでその自覚を掘り起こす、という意図なのだとすると、外部に対して「アートの江古田」を謳うのは「無理矢理作ったイメージをばらまく」ことになりませんか?

ちょっと話が分かりづらくて申し訳ないんですが、結局「アートの江古田」を謳うためには、発信される企画は「江古田の内部向けの企画(アートマーケット)」ではダメなのでは?(それこそ、江古田の外=マスに向かって発信するなら、アートマーケット以外の手段の拡充が必要では)
また、江古田の内部に向けて「アートマーケット」という地縁を築く(ローカルな)企画を行うのだとすると、どうもやはり「江古田という地域」と「アート」は、そのままではイコールでは繋がらないもののように思えてしまいます。

ちょっと前のレスでも書きましたが、「江古田(に、現在住んでいる人々)は本当にアートに理解があるのか?」という疑念は、そうしたアートマーケットの持つちぐはぐさから発生しているものであるように思います。

270: 名前:AZUKI投稿日:2003/10/22(水) 03:23
これは提案というほどのものではないので聞き流していただいて結構なんですが。

1)アートマーケットに来る客は、江古田の外から来る。
2)アートマーケットで売るアーティストは、江古田に住んでいる。
3)アートマーケットに来る客は、江古田に住んでいる。
4)アートマーケットで売るアーティストは、江古田の外から来る。

単純に、この4種類の人がアートマーケットに参加しています(スタッフ、商会はとりあえず除く)。

A) (2)(4)のアートを、(3)が買うんだったら、「江古田はアートを買ってくれる(理解と需要のある?)街」になります。
B) (2)(4)のアートを、(1)が買うんだったら、「江古田はアートを買いに行く街」になりますね。
C) (2)のアートを(3)が買うんだったら、まさにそれは「縁日」でしょうね。
D) (1)のアートを(4)が買うんだとしたら、江古田である必然ってなんでしょう?

江古田計画の目指すアートマーケットが、「単なる縁日」なら、(C)ですよね。地のアートを、地の人が買うという、そういうコミュニティを作る、という意味で。
(A)(B)(C)は、それぞれ微妙にニュアンスが異なりますが、目指すところは「画廊」もしくは「露店画商」のバザールということなんでしょうか?

もしそうなんだとするなら、「江古田であることにこだわる」というよりも、もっと徹底的に「アートを売り買いする流通システムを作り上げる」という方向に専念して、その上で、「発信地は江古田!」と、最後に冠付けるほうがいいと思いますよ。
現状では、その流通システムなりなんなりよりも、「江古田」というブランドをどうするかのほうに気を取られている気がします。システム造りが軌道に乗れば、厭でも「江古田」というブランドは付いてくるんじゃないでしょうか。
ただ、このシステムが進んでいくと、いずれは「江古田である必然がなくなる(D)」ときがきますね。
そのときに、「江古田でなければならない理由」を、明確に押し出せないと厳しいのでは。


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